Calender
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< August 2017 >>
Recommend

Search This Site
Others

Tam Tam

Agriculture---Team LAP------
Knowledge and Thought
Photograph Hemp  etc.....
Calender
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
Recommend

Selected Entries
Recent Comments
Categories
Archives
Bookmark
Profile
Search This Site
ブクログ
Others
<< 農業やりたい人!!Team LAP 説明会 | main | おちゃめなにんじん >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

Posted by スポンサードリンク
- / / - / -
品川食肉処理ツアー
品川に食肉処理施設を見学しに行きました。



豚さんの枝肉(頭が落とされて皮がはがれ、精髄に沿ってまっぷたつにされたお肉)が
競りにかけられている現場を見学し、食肉処理の広報ビデオを鑑賞してお肉の情報センターを見た後に、恵比寿のbarにて参加メンバー+職員さんで語り合いました。



ことの起こりは映画「いのちの食べ方」から。
映画のラストに牛の屠殺シーンがあるんですが、私はどうも「リアリティー」を感じられなかった。映画のスクリーンの中で解体されている牛さんが私の食べている「牛肉」であることの「リアリティー」、実感が湧かなかった。牛さんが殺される瞬間、首を落とされる瞬間の映像をみれば「ひどい」「かわいそう」といった感情が起こった。でも作業工程が進んでいくうちに牛がぱっと「肉」に変わった。cowkらbeefになった。



なんだか、ものたりない。


なにが?


もっとショックだと思ったのに。


「ふつう」


食肉処理場にいけば、映画では感じられなかったような「リアリティー」が得られるのではないかと思い、参加してみました。

ですが、現在と現場は公開されておらず見れたのは見学用ビデオの中の解体作業だった。


このビデオ、牛豚の頚動脈を切っている場面とかまさにと殺されている場面、いわゆる「ショッキング」な映像が多数ある。(と思いました)でもBGMとナレーションのきれいな言葉とかわいらしいキャラクターでなごやかなビデオでした。


ビデオの最後の一言は、
「今日の夕ご飯はお肉にしよう!!!」


同じ映像(いのちの食べ方でのと殺シーンと見学ビデオでの同シーン)でも映像の構成のしかた(BGMとかメッセージ)によってここまで印象が異なることに感心した。


なのでやっぱり、何かしっくり来なかった。もやもやもや。


そもそも私はなぜ、生のと殺現場が見たかったのか。


何を知りたくて牛や豚が殺される場所へいったのか。





答えはbarにありました。


プライベートbarでの職員さん交えての質疑応答&討論。


ツアーに参加したメンバーは本当に幅広くかった。年齢もそうだけど職業も、雑誌記者からオーガニックレストランの店長、絵本作家から学生、獣看護師にバーテンダー。ほとんどが初対面で若干緊張したけど、barの素敵な雰囲気がまったり良い状態にしてくれた。


自己紹介と一緒に、ツアー参加動機を発表。


もとから「食」や「オーガニック」的なことに興味のある人が大多数だった。


そして牛や豚が屠殺される「リアリティー」を求めてきていた人、若干名。年齢層の低い人たち(私を含め)が言っていた気がする。


なぜ「リアリティー」を求めるのか。
私は本当にわからなくて、もやもやもやもやもやもやもやもや…


そこに素敵バーテンダーが素敵発言をしました。


屠殺に「生と死」の実感を求めてきたのではないか。


牛や豚が殺される瞬間を目の前で、ビデオやスクリーンを通さず
自分の目で確かめることで、自分の日常に「死」の衝撃を与えることができると考えたのではないか。


つまり私は無意識に「死」を求めていた。と殺を目の前で見たいという衝動は「死」を体験したいという欲望だった。ベジタリアンになるためではなくて、自分の「生」を理解するために私はツアーに参加したのだと思った。


人間のことわり、避けられないもの、常にあるものであるはずの「生と死」。
無意識に、けれど強く求めていた。


barの中で「想像力の欠如」が話題にあがった。
現代社会は情報が散乱し、バーチャルとリアルが混同することで「想像」することが難しくなっている。産業革命や資本主義によって分業体制が進み、専門職化していくことで、自分の職以外のフィールドを想像することが難しくなった。生と死についての情報が私たちの周りにありすぎること、まとわりついていることでむしろ自分のそれらが見えなくなっている社会なのではないか。

「想像力」

尊敬するゼミの先輩はお子さんに想像力の「想」の字をつけて、
「想(こころ)」ちゃんと命名していました。

たしかドゥルーズがうんたらかんたらだった気がする。

小難しいことはまだわかりませんが、想像力は、きてますね。

だけどまだまだ理解不足。




自分が牛さんと豚さんが解体されることに、
「生と死」の実感を求めていたことに本当に驚いた。



だってそんなこと考えてなかったからね。
なんとなく、惹かれていたのです。
生きていることを、もっと感じたかったのかなー



良い経験でした。第2回目もあるそうなんで興味のある方はぜひぜひ。ね。
Posted by wakako
Knowledge / 09:58 / comments(1) / trackbacks(0)
スポンサーサイト
Posted by スポンサードリンク
- / 09:58 / - / -
COMMENT
テーマですね。

すごくドシンと来る話でした。

あ、私のブログにリンク張らせてもらいますね。

私の「試験」は4月5日です。
| noske | 2008/02/24 2:30 PM |









Trackback URL
http://tamtamtamtam.jugem.jp/trackback/24
TRACKBACK